2017年3月21日火曜日

福島出張

その「縁」は主に「マラソン」で繋がりました。
その為に走っていたわけではなかったのですが、走っていて良かったとは正直思いました。

福島の本社、結婚式場がリニューアルオープンし、そのレセプションに招待して頂きました。まだ新参者の業者であるのに、お呼び頂けただけで光栄です。

福島県相馬市
隣接する南相馬市と合わせても、人口は10万人ほど。
商圏としてはいささか活発であるとはいえない地域です。
しかも、両市ともにかの震災での津波の被害を酷く受けた街です。
大勢の方が犠牲になりました。

この地に、大変オシャレな結婚式場が出来ました。
都会にあっておかしくない、むしろどちらかというと、都会につくった方が良いのでは?と思えるくらい素晴らしい内容の式場です。



いや、この地に建設することに意義があるのでしょう。
 



扉をくぐり抜けたとき



 
何か、「復興」へのパワーを感じました。

とはいえ、

少子高齢化。
晩婚化。
家族婚。
ブライダル業界は先行きは決して明るいとは言えませんが


そこをあえて攻め行く姿勢は素晴らしいと思いました。
 



白を基調とした内装。


 
チャペルと式場のあいだにはプールまであります。
 




 
最大160人まで入れるバンケット。
グランドピアノが設置されています。
 
 

 
高い天井。
東北地方初のプロジェクションマッピングが出来る設備が整っています。
 


 
ごくごく一部ですが、ご紹介させてもらいました。
 
前日は12時近くまでお酒を頂き
 
翌日のレセプション当日の早朝5時。
 
高山の総支配人と2人で、相馬の街を7kmほどランニングしました。
偶然、2人ともにシューズを持参していたので(笑)
 
 
 
 
レセプション会場で、本社社長にようやくお会いすることができ、社長のマラソン愛に触れることが出来ました。次は、高山ウルトラでお会いできることでしょう。
 
 
15時に相馬を出発。途中休憩をはさみながら高山到着は夜中12時近く。
風呂に入り、少し休んでからそのまま名古屋仕入れへ。
 
この3日間で数時間の睡眠時間はかなりキツかったですが、貴重な経験が出来ました。
 
 
 

 

2017年3月20日月曜日

縁〜福島出張

「縁」(えん)というものは面白いもので、生きているとどのような縁が生まれるか分かりません。

昨年冬に起こった貴重な縁は、最初はゆっくりと、その後は急ピッチで話が進み

私は今、遠く福島県相馬市に向かっています。





松本付近で最初の休憩。
快晴で、昨年登った常念岳がクッキリと見えました。




福島は、さすがに遠いですね。

途中、福島第一原発から20km圏内の、いまだ住めない地域を高速で通りました。

屋根が崩れたままの住居。
荒れた田畑。
人気の無い道路。
そこだけは、6年前から時が止まってしまったかのような印象を受けました。
原発の恐ろしさを目の当たりにしました。


朝一で出発し、
片道約600km、約8時間の旅は夕方に到着しました。


続く・・・・

2017年3月12日日曜日

3月です

早いもので、もう3月です。日の入り時刻も遅くなりましたね。17時半過ぎても明るいのは嬉しいです。高山はまだまだ朝晩は冷え込むし、先週は雪も降りましたが、春の訪れは確実に近づいています。もう本気で嬉しいです。

毎週、婚礼のお仕事を頂いています。ありがとうございます。
そして、いよいよ今週から花の相場がグガっと上がります(涙)例年のことなので仕方ないです。

東京マラソンが終わり、すでに気持ちは飛騨高山ウルトラマラソン100kmに行ってます。ハーフマラソンとフルマラソンが違えば、さらにフルマラソンとウルトラマラソンも全然違います。フルマラソンくらいで根を上げてるようでは、ウルトラ100kmなんて到底完走出来ません。

練習あるのみです。なめてかかると痛い目に遭うのは昨年経験済みです。昨年の様に無理な練習でケガして欠場、なんてことにならないように気を付けて練習したいです。


さて、糖質オフが、社会現象のようになってきていて嬉しいです。

シャトレーゼに行ってきました
ひだっちブログの方に、記事をアップしましたが、シャトレーゼには糖質オフの食品が多々あり(なんとピザまである)時々買いに行ってます。ローソンもパンやアイスクリームなどの糖質をカットした商品が多いです。セブンイレブンはまだほとんどないです。

たまたま、普段あまり行かないファミマに行ったら、なんと



 
ついにファミマで糖質の少ないパンが。
RIZAPと提携しているようです。
 
確かに私の普段の食事は、RIZAPが要求する内容に良く似ていることがこの前分かりました。


 
このパンは、なかなか美味いです。どうしてもローソンのブランパンは、パサパサした感じがするのですが、このパンはモッチリ感がありました。
 
もっと種類が増えてくれると良いですね。
糖質量一桁は、相当に優秀な食品です。
 
 
 

2017年2月27日月曜日

東京マラソン まとめ

ゴールした直後は
「ああ、東京が終わってしまった」という、寂しい気持ちと
まともに歩けない脚の痛みと
家族をずいぶんと待たせてしまったな、という少しの焦りと
色々な気持ちが混じっていました。
 
やはり1月2月の練習不足は大きかったです。
 
1月のハーフマラソンでいくら1時間41分で走れていても、やはりハーフとフルは全く別物なんだなと益々実感しました。単純倍計算なら、私、2時間82分つまり3時間22分で完走できるはずなんです。ところが、今の私の実力でサブ3.5なんて、到底考えられません。1時間ほど余分にかかってしまっているくらいなのだから。フルはハーフの倍のエラさという考えは捨て切った方がいいですね。
3倍、4倍、それ以上と考えた方がいいですね。フルマラソンは本当に奥が深いです。
 
 
 
新コースは、ゴールしてからが大変でした。日比谷公園まで延々と1km以上歩かされ、多くのランナーがキツそうにしてました。そりゃ42km走った後でさらに長距離歩くのは本当にキツイです。
 
その途中途中で色々な物が配られます。
バスタオル、飲み物、補給食色々(ランチパックとか)、完走メダルなどなど。両手が一杯になります。その後、荷物を受け取り、更衣室までの距離がハンパない。これは来年何かしらの改善が必要なのでは?雨のレースだったらどうなってたのかな?
 


 
 
ひどいタイムです。昨年秋の富山よりは良いけど・・・

着替えを終え、その後家族と合流するのにまた延々と2、3km地下道を歩く羽目に。(地上はレースで封鎖されているので)脚はビッコを引いています。午後2時をまわり、空腹感もありましたが、脚の痛みの方がしんどかった。家族が待つ、東京駅近くのKITTEというオシャレなショッピングモールまで延々と歩きました。

そのモール内で、息子が寿司を食べたいとか贅沢を抜かしましたが、さんざん待たせてしまったのでOKしたら、午後3時なのに、お店がまさかの行列。東京はどこ行っても人だらけです。妻に並んでもらい、私はベンチでぐったりと。

その後、車が停めてあるホテルの駅まで地下鉄を乗り継ぎ、高山へ戻りました。後ろをベッドにして、子どもたちは後ろに寝かせました。さすがに途中で妻にも運転を交代してもらいました。

着いたのは22時頃。

疲労困憊。さすがに疲れました。


その後・・・・何日かすると、東京で走った光景が思い出されるのです。

マラソンも、登山も、日数が経ってからジワジワ来るんです。私の場合は。

本当に貴重な経験でした。
最高に楽しかったです。
いい思い出になりました。


2017年2月26日日曜日

東京マラソン その4

 
AM9時10分 号砲
レースが始まりました。
何人ものランナーが携帯を頭の上にかかげ、写真を撮っています。
 


 
快晴です!!
気温、湿度は申し分なかったです。
東京はビルが多いので、日陰も多く、おおむね走りやすかったです。
 


 
 
スタートから5分後、歩きながらスタート地点に来ました。
3万人を超すと、スタート直後は当然走れません。
右手には砲台のような物が。紙吹雪を放つ機械でしょうか。
 
 


 
ワクワクした気持ちも もちろんありますし
東京の街を駆け抜けれる喜びもありますが
 
42kmを走るという現実ももちろん頭にあります。
過去に3回のフルマラソンを経験していますが、そのどれも生易しいものではなかったです。
そのプレッシャーとワクワク感が入り混じる、何とも言えないゾクゾクした気持ちが交錯するのです。



 
スタートゲートを通り抜け、時計のスタートを押します。
 


 
東京の道はかなり広く、スタートゲートを通り抜けるとすぐに走り始めました。
もう、ゾクゾク感が止まらないです。
サングラス越しの朝日が照り付けるのですが、まぶしさから来るのか、感動から来るのか
まぶたの奥が熱くなります。


 
新宿西口から東口へ抜けます。
靖国通りを東へ。
 


 
8kmあたり。
神田駅のガード下。



 
10km付近。
日本橋三越前。これぞ東京って感じです。
この辺りの距離は間違いなく順調です。
20kmまではペース管理出来ます。
 
日本橋を過ぎたあたりから、対向車線をトップアスリートが駆け抜ける姿が見えました。
自分のことはさておき、日本人選手に声援を送りました。


 
15km付近。
浅草です!!
雷門に向かって走ります。
沿道の応援がハンパないです。
 
 


 
雷門で右折すると目の前にスカイツリーが。
昨日、家族で行ったところ。
10時半をまわり、少し気温が上がってきました。
給水所の度に水を飲みました。
 
もうすぐ家族との待ち合わせ場所です。
 
17kmを過ぎたあたりの、清澄白河で待ち合わせ(昨晩泊まったホテルあたり)だったのですが、左手の沿道をずっと気にしながら走れど走れど家族の姿が見つかりません。沿道は途切れることなく、応援の人であふれているので見つけるのが大変なんです。
 


 
あ、いた!!
 
どうも数100m向こうに移動してしまっていたようです。
沿道の応援が凄過ぎて、観戦できる場所が見つからなかったとか。
お互い見つけるのが本当に大変でした。
家族の応援はとても嬉しいですが、長男と次女はなぜか
「止まらんでいい。はよ先行け」とのアピール。その反応が面白い。
 
↑写真。家族と別れ、コースに戻る私を妻が撮影。
「飛騨高山」の字が派手ますね。いい宣伝になったかな。


 
どうですか。この圧巻の写真。
道を埋め尽くすランナーたち。
けど、そんなに走りにくさは感じなかったです、私は。
名古屋シティの方が走りにくかったかな。
 
このあと、23km付近からペースが落ち始めました。
自分ではkm5分30秒で走っているつもりなんですが、1kmごとのラップが段々落ちていきます。
 
乳酸が脚にたまってきているのが分かります。昨年秋の富山とほぼ同じ状況です。悔しい。やっぱり練習不足がここで出たか。
 
脳は指令を送るんです。
「脚の疲れは気のせいだ。後半にビルドアップしよう」
「辛いのは脚だけだろ。過去にもっと辛い経験いっぱいしたやないか。こんなの大したことない」
「おまえよりもはるかに早いランナーが何万人も東京を走りたくても走れないんやぞ。走れるだけ感謝や。とにかく頑張れ!!」
「東京を楽しめ!!」
 
ところが脳は別のことも考えるのです。
「今、30km付近ということは、あと12kmもあるのか。あと12km・・・」
「このタイムだとサブ4はすでにムリ。」
とか頭が余計な「計算」をするのです。
 
そんな感じで、私の脳は色々と指令を送るのですが、身体が反応しません。
反応するどころか、逆にどんどんタイムが落ちていきます。
 
ついに35km付近の給水のあとで、脚が止まりました。
一度、緊張が外れてしまうと、そのあとは何度も歩くことになってしまいます。
自分への厳しさが維持できなくなるのです。「もうムリと」
 
40km以降の日比谷通りはかなりキツかった。
ゴールが近いということで、最後の力を振り絞る他のランナーたちに何人も何人も抜かされました。悔しいけど、脚が動かない。
 
丸の内仲通りの応援は凄かった。家族ともまた会えました。けど、身体の中の力はすでに空っぽでした。
 


 
ゴール直前。
長かった。


 
4時間を大幅に超えてしまいました。
 
最後、コースに向かって頭を下げました。
「走らせてもらい、ありがとうございました」
 
次回、まとめです。